輪廻転生Ⅱ (2)
少年は取材していたスタッフ の質問に、こう答えます。 「自衛官になって、世界平和のことを考えようと思う」
「なぜそう思うの?」(スタッフ)
「昔(前世)の自分は、せっかくがんばっていって、他国との戦いで死んでしまったけれど、今回の自分は、他の国とは絶対戦わないようにしたいから」 そう答えるのです。
私は中学生のころ、死への不安から、輪廻転生(りんねてんせい)を信じるようになりました。 そう信じなければ、私の精神がとてももちそうになかったのですね。
ですから、そのあと、輪廻転生についての情報のアンテナが、自然に張られていたように思います。 そして、おおくの情報、知識を得ることができました。
でも、なぜそうなのかという理由については、あまり深く考えなかった気がします。
人間がたましいの存在であること。
それが、今(私のなかで)事実になっていることは、私のブログをもし、ずっと読んでいるかたがいれば、おわかりになるかと思います。
たましいが人間の本質、真実であるのならば、輪廻転生があるのも、ごく自然のことになります。
なぜ輪廻転生がおきるのか、なぜそのような仕組みになっているのか、理由はいくつか考えられます。
Ⅰ
日本人になじみが深い仏教では、輪廻転生が前提となっており、因果応報という馴染みある概念と、セットで考えられている。
解脱(げだつ)は仏教の最終目標であり、輪廻転生から、抜けだすという意味になるのですが… そう🤔と、輪廻転生は、なんの反省もなく殺傷すること(生物一般において)、欲の深い自分であることなど。
それらのことに何の罪悪感も持とうとしない、人間の業(ごう)ということになりますね。
つまり、業を背負った人間が輪廻転生し、それから抜けだすことが解脱となります。 ちょっと、暗いイメージがあります。

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